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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)974号 判決

原告

中南晴雄

被告

藤井孝

主文

一  別紙事故目録記載の交通事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務は、金二二五万五二〇〇円を超えて存在しないことを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  別紙事故目録記載の交通事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務は、金三六万六四七五円を超えて存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  本案前の答弁

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  本案の答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2  原告は、本件事故の発生につきスピードの出し過ぎ、ハンドル操作の誤り等の過失があるから、民法七〇九条により、被告の損害を賠償すべき責任がある。

3  原告が負担すべき本件事故に基づく物損及び人身損害の損害賠償債務は、金三六万六四七五円を超えて存在しない。

4  ところが、被告は、原告に対し、本件事故に基づく損害賠償金二二四〇万八八〇〇円の支払いを求めている。

5  よつて、原告は、本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務が金三六万六四七五円を超えて存在しないことの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

原告の本件訴の提起は訴権の濫用である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

被告の主張は争う。

四  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認める。同3の事実は争う。同4の事実は認める。

五  抗弁

被告は、本件事故により、頭部外傷2型、腰部打撲、頸部捻挫の傷害を受け、次のとうりの損害を被つた。

1  物損

(一) 眼鏡代 金七万八四〇〇円

(二) 時計代 時価額

右はいずれも、本件事故により破損したものである。

2  通院交通費 金五一万一三〇〇円

被告の自宅から恒生病院までの往復タクシー料金(昭和六二年七月一五日から平成元年六月一六日まで通院実日数二二四日分)

3  温泉治療関係 合計三〇万四三〇〇円

(一) 交通費 金二五万七九四〇円

被告の自宅から有馬温泉までの往復タクシー料金(昭和六二年八月から昭和六三年一二月までの温泉リハビリ日数一二二日分)

(二) 温泉入浴料金 金四万六三六〇円

(一回三八〇円×一二二日=四万六三六〇円)

4  休業損害 金八六九万二〇〇〇円

被告は、昭和一二年一月生まれの男子であるが、本件事故による受傷の通院治療のため、昭和六二年七月一五日から平成元年三月までの二〇か月間休業を余儀無くされたところ、昭和六〇年度賃金センサスの五〇歳男子労働者の平均月収額は金四三万四六〇〇円であるから、被告の休業損害は金八六九万二〇〇〇円(四三万四六〇〇円×二〇月=八六九万二〇〇〇円)となる。

なお、被告は、昭和五一年から身体を悪くして入退院を繰り返してきたが、昭和六二年四月に退院し、友人達と会社設立を相談し、同年八月一五日をもつて株式会社亜細亜を設立することに決めていたところ、本件事故により右設立の延期を余儀無くされたものである。

5  逸失利益 金七八二万二八〇〇円

被告は、本件事故による受傷のため、現在も頸部痛、頭痛、腰痛、左足の痺れ、左手の震え、不眠等の後遺症に悩まされており、右は自賠責保険後遺障害等級一四級九号に該当するから、被告の収入を前記4のとうり月収金四三万四六〇〇円、労働能力喪失率を三〇パーセント、喪失期間を五年間とすると、後遺障害による逸失利益は、次の算式のとうり金七八二万二八〇〇円となる。

(四三万四六〇〇円×一二×〇・三×五=七八二万二八〇〇円)

6  慰謝料 金五〇〇万円

本件事故が、センターラインをオーバーして反対車線に猛スピードで飛び出してきた原告の無謀運転という一方的重過失によつて発生したこと、事故後における原告の不誠実な態度、被告の通院日数、後遺障害の内容・程度に照らし、被告が本件事故によつて被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、金五〇〇万円が相当である。

7  以上のとうり、原告は、民法七〇九条に基づき、前記1ないし6の損害合計金二二四〇万八八〇〇円(時計代は除く)を賠償すべき義務がある。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁事実のうち、本件事故が、センターラインをオーバーして反対車線に猛スピードで飛び出してきた原告の無謀運転という一方的重過失によつて発生したことは認めるが、その余はすべて争う。

2  被告の症状固定時期は、遅くても本件事故から一年が経過した時点とみるべきであるから、原告は、右症状固定後の治療費、通院慰謝料等の賠償義務はない。

3  被告は、本件受傷によつて歩行困難となつたわけではないから、タクシー利用の必要性はなかつたし、昭和五一年以降持病のため入退院を繰り返し、本件事故当時も無職で収入がなかつたから、本件事故による就労不能、減収の事実はなく、また、被告の後遺障害は非該当と認定されているから、被告の主張する後遺症関係の損害は、いずれも存在しないか、過大である。

五  再抗弁

原告は、本件事故に関し、被告に対して病院の治療費金一三万三五二五円の他、金五〇万円を支払いずみである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実のうち、被告が金五〇万円を受領ずみであることは認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとうりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  被告は、本案前の主張として、原告の本件訴提起が訴権の濫用であつて、却下されるべきであると主張するが、本件の全証拠によつても原告の本件訴提起が訴権の濫用であるとは認められないから、被告の本案前の主張は採用することができない。

二  請求原因1(本件事故の発生)及び2(原告の責任原因)の事実は、当事者間に争いがない。

三  そこで、抗弁について判断する。

1  先ず、いずれも成立に争いのない甲第八号証ないし第一三号証の各一、二、乙第二二号証ないし第二四号証、被告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)、並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、本件事故により、頸椎捻挫、左腰部打撲、頭部外傷2型の傷害を受け、その治療のため、本件事故当日の昭和六二年七月一五日から平成元年六月一六日まで恒生病院に通院したこと、被告は、平成元年六月一六日、同病院において、(傷病名)外傷性頸部症候群、外傷性座骨神経痛、(自覚症状)後頸部痛、腰痛、左手震え、頭痛、左下肢の痺れ感、(他覚症状)頸部運動制限、左大後頭神経圧痛の後遺傷害があり、同日その症状が固定したものと診断されたこと、しかしながら、X線撮影の結果では頸椎・腰椎に異常がなかつたうえ、前記症状を裏付ける客観的他覚検査による所見も認められず、自賠責保険後遺傷害等級の事前認定は非該当と認定されたこと、また、前記病院における治療内容は、投薬、頸部湿布、介達牽引に終始し、通院期間中殆ど変化がなかつたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する被告本人の供述はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右に認定の被告の症状及び治療経過等に照らすと、被告の受傷は、経過観察を含めた治療期間も必要であることを考慮し、本件事故から一年を経過した昭和六三年七月一五日ころ治癒したものと認めるのが相当であり、右以降の被告の主張にかかる症状の殆どは、仮にそれが事実であるとしても既往のものか賠償性神経症(治療経緯自体のほか、いずれも成立に争いのない甲第一八、一九号証の各一、二、第二〇、二一号証、第二四号証、第二九号証ないし第三二号証、弁論の全趣旨により、被告と原告(保険会社)間に、本件訴訟提起前、本件事故の賠償を巡つて激しい応酬のあつたことが認められ、被告には右神経症の作用を否定しえないものというべきである。)あるいは両者が相互に作用し合つたことによるものとみるのが自然であるというべきである。したがつて、昭和六三年七月一五日以降の被告の症状及び治療は、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできないものといわざるを得ない。

2  進んで被告の損害について判断する。

(一)  物損 金一〇万八四〇〇円

被告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる乙第二六号証の一ないし三によると、本件事故によつて、被告所有の眼鏡及び時計が破損したこと、そのため、被告は新しい眼鏡の購入費用として金七万八四〇〇円を要したことが認められ、また、時計の購入費用としては金三万円をもつて相当と認めるから、本件事故による物損の合計額は金一〇万八四〇〇円となる。

(二)  通院交通費 金一一万七六〇〇円

被告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる乙第二五号証の一によると、被告は、前記通院期間中自宅から恒生病院までの間すべて往復タクシーを利用し、そのタクシー料金を支出したことが認められるけれども、被告本人尋問の結果によれば、右タクシー利用はもつぱら交通不便を理由とするものであつたことが認められ、症状等によりタクシー利用がやむを得なかつたことを認めるに足る的確な証拠のない本件においては、右タクシー代が相当な損害ということはできず、電車、バスの料金をもつて相当な損害というべきである。

ところで、前記認定のとうり、本件事故と相当因果関係を認めるべき通院治療は、昭和六三年七月一五日までの分にとどまるものであるところ、前掲乙第二二号証、第二五号証の一、被告本人尋問の結果によると、右同日までの被告の通院実日数は、昭和六二年七月一五日から昭和六三年一月二一日までは一〇四日、同月二二日から同年七月一五日までは六四日の合計一六八日であること、被告の自宅から前記恒生病院まで通院するためにはバスと神戸電鉄を乗り継ぐ必要があり、その往復の料金は金七〇〇円を下らないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

したがつて、本件事故と相当因果関係の認められる通院交通費は金一一万七六〇〇円(七〇〇円×一六八日)となる。

(三)  温泉治療関係費合計金二万九二〇〇円

被告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる乙第二五号証の二によると、被告は、本件受傷による腰痛、左足の痺れ等の症状の治療のため、主治医の勧めもあり、昭和六二年八月から前記昭和六三年七月一五日までの間に合計八二回、有馬温泉で療養し、その温泉療養費として金三万一一六〇円(一回三八〇円×八二)を支出したほか、自宅から有馬温泉までの往復のタクシー料金を負担したことが認められるところ、かかる温泉治療関係費については、右温泉療養費のうち四〇回分及びこれに要する往復のバス料金(タクシー利用の必要性を認めるに足る的確な証拠がないのは、前述のとうりである。)をもつて、相当な損害と認める。そして、弁論の全趣旨によれば、被告の自宅から有馬温泉までの往復のバス料金は金三五〇円を下らないものと認められるから、温泉治療関係費は合計金二万九二〇〇円(三八〇円×四〇+三五〇円×四〇)となる。

(四)  休業損害

被告本人尋問の結果及びこれによりいずれも成立を認めうる乙第一号証ないし同第九号証、弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、昭和五一年ころから肝臓病と糖尿病のために入退院を繰り返し、昭和五六年から無職であり、また昭和六二年四月には骨折により入院し、本件事故当時退院したころであつたので、収入がまつたく無かつたこと、被告は、友人らとともに、同年八月中旬を目処に会社の設立をめざしていた矢先に本件事故に逢い、右設立を断念したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、被告は、この数年らい無職であつて、殆ど収入を得ていなかつたものであり、本件事故による受傷によりその収入の減少を招いたものとは到底認め難いから、被告の休業損害は容認することができない。

(五)  逸失利益

前記認定のとおり、被告には、本件事故による後遺障害が認められないから、後遺症による逸失利益も容認し難い。

(六)  慰謝料 金二〇〇万円

被告の本件事故による傷害の内容・程度、通院治療期間、本件事故が、センターラインをオーバーして反対車線に猛スピードで飛び出してきた原告の無謀運転行為という一方的重過失によつて発生したものであること(かかる事実は当事者間に争いがない。)、前述のとおり、本件事故のため、被告は、かねて計画していた会社の設立を断念したこと、その他記録にあらわれた一切の事情を斟酌し、被告の精神的苦痛に対する慰謝料は金二〇〇万円をもつて相当と認める。

(七)  以上損害額合計金二二五万五二〇〇円

四  被告が、本件事故に関し、原告から金五〇万円の支払いを受けていることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告は、被告に対し、病院の治療費として金一三万三五二五円を支払つたことが認められる。

しかしながら、前掲甲第八号証ないし第一三号証の各二によると、右金一三万三五二五円の治療費は、恒生病院における昭和六二年七月一五日から同月三一日までの治療費であり、また、同病院における同年八月一日から同年一二月三一日までの治療費は金三八万八二二五円であることが認められ、これに前述の昭和六三年七月一五日までの治療費を加えると金五〇万円を優に超過するものと推認し得るから、結局、原告が損害のてん補として主張する合計金六三万三五二五円は、被告が本訴において請求していない損害に対するものというべく、前記損害額合計金二二五万五二〇〇円からこれを控除することは許されないものというべきである。

五  以上に詳論したとおりであつて、本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務は、金二二五万五二〇〇円を超えて存在しないと認められるところ、被告が金二二四〇万八八〇〇円の損害賠償債務が存在すると主張していることは、本件訴訟上明らかである。

六  よつて、原告の本訴請求は、本件事故に基づく不法行為を原因とする損害賠償債務が金二二五万五二〇〇円を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤)

事故目録

発生日時 昭和六二年七月一五日午前〇時二〇分ころ

発生場所 神戸市北区有馬町一三〇の二

事故態様 原告運転の加害車が、森田泰子運転・被告同乗の被害車に衝突

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